王様とオレ


バイクに乗ってホッケーをする「モーターポロ」というスポーツを題材にした学園物です。
2008年3月に書きました。


モーターポロのフィールド図解 (PDFファイル)




○向木津高校・外観

初夏。北関東の郊外にある高校。

声「おい転校生!」


○同・教室

ナオ「僕と勝負だ!」

教壇の上に仁王立ちする、松平ナオ(17)。小柄で色白の少年。

ナオ以外の生徒は、掃除の準備中。
うんざりしている太刀掛ヒデキ(17)。長身で肌の浅黒い少年。

生徒A「(ヒデキに)あきらめな」

生徒B、掲示板に貼ってある時間割表をはがす。裏返すと、ナオとヒデキの『勝負』が星取り表になっている。
勝負の内容は、英単語テスト・五十メートル走・リンゴの皮むき・共同募金など。すべてヒデキの勝ち。

    ×     ×     ×

ナオ、どこかに携帯で電話している。

ナオ「いいから! すぐ持ってこい!」

黒板に、上下二本の線が引かれている。上の線には『ヒデキ183㎝』、下の線には『ナオ159㎝』と書き加えてある。余裕のヒデキ。

ナオ「いいか、見てろよ……」

教室に、ハアハア言いながら駆け込んでくる使用人風の男。紙束をナオに渡す。
ナオ、紙を並べてみせる。中一~高二までの身体測定の結果。

ナオ「このままいけば、二十五歳でおまえを抜く!!」

あぜんとするヒデキ。

    ×     ×     ×

机の上に、水を張ったバケツが二つ。それぞれのバケツに、ナオとヒデキが顔を浸けている。

ナオ「ぶはっ!」

ナオ、たまらず顔を上げてしまう。

ナオ「(ヒデキを見て)くそっ……」

生徒B「太刀掛、もういいぞ」

ヒデキも顔を上げる。

悔しそうなナオ。

ヒデキ「言ったろ、自己紹介で」

イメージ『南の澄んだ海で、素潜りするヒデキ。銛で魚を追う』

ヒデキ「八丈島出身だって」

ナオ「卑怯だぞ! そんな出身地は取り消せ!」

小早川「なにやってるの?」

女教師の小早川(25)が、教室入り口から顔を出す。

B「(星取り表を隠して)いえ、べつに」

小早川「あのね太刀掛くん、バイク通学の許可下りたから」

ヒデキ「ああ、どうも」

小早川「それで気になったんだけど……。
いま、どうやって登校してるの?」

イメージ『学校近くの林に、こっそりバイクを置くヒデキ。バイクはモタード型(モトクロス用バイクに、オンロードタイヤを履かせたもの)』

ヒデキ「走ってます」

小早川「20キロも?」

ヒデキ「ぐっ……」

ナオ「じつは、僕が毎朝バイクで」

小早川「でも二人乗りは……」

ナオ「牽引なんです。バイクの後ろにリヤカーで」

小早川「牽引は……どうだったかしら?」

女生徒C「いいからいいから」

C、小早川を外に連れ出す。

ヒデキ「(ナオに)サンキュー」

ナオ「バイク、なに乗ってる?」

ヒデキ「アナバシス250」

ナオ「ふーん、偶然」

ヒデキモノローグ(以下M)「まさか……かぶってるのか?」

ナオ「アナバシスね……」

ナオ、イヤな笑いをしながら去る。


○向木津高校ポロ場・全景

河川敷に作られた、モーターポロ用の広大なフィールド。表面はダート状。

土手の上に『向木津高校 モーターポロ場』との表示板。


○同・フィールド

後輪を滑らせ停止する、モトクロス用バイク。
ライダーはヒデキ。ジャージの上にプロテクターを装着している。右手にはマレット(柄の長い木槌)。

ヘルメットを脱ぐヒデキ。

モーターポロ部員たちを従えているナオ、挑戦的な微笑でヒデキを見る。
ナオも、ヘルメット以外の装備を着けバイクにまたがっている。両足が地面につかず、シートに半ケツ状態。

ナオ「こっちはプロだ。後になって、フェアじゃないとか言うなよ」

ヒデキ「よーするに、距離の短いゼロヨンだろ」

ナオ「チキンレースも兼ねてる」

小早川「やめなさーい!」

自転車で駆けつけてくる小早川。

ヒデキ「小早川先生」

小早川「ダメよ決闘なんて!」

ナオ「決闘?……ああ、決闘(デュエル)」

ナレーション(以下N)「デュエルとは、モーターポロにおけるサドンデスの方式である。
各チーム一人のプレイヤーを選び、センターに置かれたボールを叩き合う。
敵方のフィールドに、センタースクエアを超えてボールを押し込んだ側が勝ち」

小早川「松平くんはポロ部だけど……」

ヒデキ「大丈夫。決闘(デュエル)なら、テクよりバイクの度胸しだい」

チラッとバイクを見るヒデキ。

ヒデキ「セミオートマだしな」

N「モーターポロでは、ボールを打つスティック『マレット』を右手で持つ。
そのためバイクは、操作を左手に集中したセミオートマ仕様になっている」

ヒデキ「変態バイク?」

ナオ「!」

小早川「ねえ、なにがあったの?」

ヒデキ「それ知りたいの、こっちですよ。あいつ、いつもあんな感じですか?」

小早川「松平くんはいい子よ! 倒した相手に対してはね」

ナオ「勘違いしてるみたいだけど……この勝負、コイツが仕掛けてきたんですよ」

小早川「そうなの?」

ヒデキ「……」


○【イメージ】峠道 (朝)

カーブの続く峠道を、バイクで登校するナオとヒデキ。対抗意識むき出し。

ヒデキN「つーか、死にますよ。眠たいまんまであの峠を……しかも毎朝このチビと…」

眠いので、パジャマのまま運転しているヒデキ。ハンドルの間に枕があったり、羊と併走したりしている。


○向木津高校ポロ場・フィールド

ヒデキ「ハンパな条件でダラダラやるより、キッチリ白黒つけときたいんです。負けたほうはバイク通学無し!」

小早川「とにかく許しません!
それでもやるというのなら、まずわたしを倒してから……きゃあっ!!」

小早川、ボールに足を取られて転ぶ。
初老の男が現れ、小早川に手を貸す。謎めいた雰囲気の教師、服部(55)である。

小早川「服部先生」

服部「やめておきましょう、歴史を止めるのは」

小早川「えっ」

    ×     ×     ×

フィールドの両エンドに、小さな鉄の檻が一つずつ置かれている。

小早川「服部先生、あれは?」

服部「『豚の檻』です」

バイクを押して、檻後方の扉から入るヒデキ。キックでエンジン始動。

ポロ部員の浅野、バイクに乗ってハーフライン上に登場。主審役である。
主審は右手に巨大な旗を持っている。

試合開始を宣言する主審。
騒音が大きいので、選手・スタッフはインカムを装着している。

主審「松平ナオ、ならびに太刀掛ヒデキ!
理由はなんだかよくわからないが、これよりデュエルを行う!
このデュエルの勝者のみが、これから先、バイク通学オッケーである!」

小早川「待って!」

ナオ「今度はなんです」

小早川「負けたほうは、どうやって通学するの?」

ヒデキ「……考えてなかった」

小早川「じゃあ、こうしましょう。
『試合の敗者は、勝者のバイクが引っぱるリヤカーに乗るっ』」

ナオM「恥だ!」

ヒデキM「負けらんねー!」

    ×     ×     ×

主審「Go!」

旗を振り下ろす主審。同時に、豚の檻の前面ゲートが開く。
フィールドに飛び出すヒデキとナオ。正反対のエンドラインから、225m先のセンターに置かれたボールを目指す。

キツい前傾姿勢で、浮き上がる前輪を押さえるヒデキ。
ナオの前傾姿勢はヒデキより浅い。ダートの凹凸のため、弾かれる上体。

ヒデキM「あいつ……体重移動(トラクション・コントロール)が、全然なってねえ」

ナオとヒデキ、センタースクエアに近づきつつある。

マレットをバックスイングする二人。

ヒデキM「待て」

両者、ピタリと正面衝突のコース。

ヒデキM「ぶつかる」

両者、さらに接近。

ヒデキM「(ビビって)よけろよ」

目が合う、ナオとヒデキ。

ヒデキM「1センチ、ハンドル切りゃ済むことだろ」

交差するバイク。
二本のマレットに同時に叩かれ、高速回転しているボール。ゆっくりとセンターから離れてゆく。

ヒデキM「オレが先によけた!?」

屈辱を押し殺し、敵方のフィールド内でターンするヒデキ。さっきと反対方向からボールに向かう。

見守っている、服部と小早川。

服部「次の一打で決めるには、バックハンドで打つ必要がある」

バックハンドでボールを打とうとするヒデキ。打ち損ねて転倒~エンスト。
バイクを停めたまま、ヒデキを見おろしているナオ。

ヒデキM「ナメやがって」

バイクを起こし、キックスタートを試すヒデキ。数回やるが、エンジンは掛からない。

ナオ、自分のマレットをヒデキに見せる。マレットは折れている。

    ×     ×     ×

放心状態で地面に座っているヒデキと、バイクを支えて立つナオ。

ヒデキ「……正面衝突(クラッシュ)が怖くねーのかよ」

ナオ「そういう相手と出会いたいんだ」

ヒデキ「オレは、期待に応えられなかったってことか」

ナオ「だけど嘘は無かった」

二人を見守る、小早川と服部。

服部「同じバイクでも、体重差というものがある。だが、スピード差でボールを取っても意味は無い」

ナオのバイクには、シートの前後に小さなサイドバッグが装着されている。

N「練習用ウエイト 10㎏×2」

服部「あとレギュラーには、専用のバイクを与えているんですがね……」

ガレージの前に並ぶバイクの中に、一台だけ車高の低いものがある。

    ×     ×     ×

ナオ「おまえ、ポロ部に入れ」

ヒデキ「ああ」

ナオ、ニヤリと笑う。

ナオ「言ったな」

ヒデキ「えっ? (振り向いて)うおっ!」

百人ほどのポロ部員が、フィールドを整地したりしている。

ナオ「うち、バイク10台だけだからなー」

ヒデキ「……っ!」


○スタジアム・全景 (夜)

プロリーグのポロ専用スタジアム。ナイター。

N「上毛畜産ポロ・スタジアム
高崎ファランクス 対 グラジエーター神戸」


○スタジアム・廊下

スタジアム外周の廊下。
制服姿のナオとヒデキが走っている。

ナオ「遅い!」

ヒデキ「だってよー」

ヒデキは疲れ切っている。

ヒデキ「チェーンのオイルアップっていうからさー、バイク触れるって思うじゃん」

イメージ『ジャージ姿のヒデキ、ポロ部のガレージを覗いて絶句。そこには数十台の自転車』

ナオ「(チケットを見て)こっちだ」


○同・客席 (ナイター照明)

モーターポロのプロ選手2騎が、並走しながらこちらに向かってくる。
右の選手は、こちらに転がるボールを追尾して打とうとしている。
左の選手は、右の選手にボールを打たせまいと、横付け~体当たりしている。
右選手、左選手をかわしボールを打つ。
ゴールポストの間を通るボール。歓声。

客席に出てきた、ヒデキとナオ。サイドスタンドなので、すぐ前がゴール。

ヒデキ「すげー!!」

ナオ「並走圧迫(ライドオフ)は、ポロの華だ」


○同・フィールド

試合をバックに解説。

N「モーターポロは、1チーム4人のライダーによって戦われる。
右手に持ったスティック『マレット』で、敵ゴールポストの間にボールを打ち込むと1得点になる。
試合で多用されるのは、体の右側で打つショットである。
特に、対面する選手がボールを取り合う場合、体の右側で打つ義務がある」


○同・客席

最前列の指定席。
ヒデキとナオ、大きなペアシートの前に立っている。

ヒデキ「めちゃめちゃイイ席……?」

ナオ「一人掛けだったらな」

ヒデキ、うんざり。

    ×     ×     ×

試合はゴール際の攻防。
グラジエーターの選手が、ファランクスのゴールにシュートを打とうとしている。
その後方からファランクスの選手が迫り、シュート中のマレットを、自分のマレットで引っかける。
シュートは失敗。転がるボール。
第三の選手(ファランクス)が現れ、グラジエーターのゴール側に向かってロングパス。攻守逆転。

ヒデキ「うおー!!」

立ち上がり、ホットドッグを握りつぶすヒデキ。

ナオは腰掛けたまま楽しんでいる。

    ×     ×     ×

N「ハーフタイム」

席を立つ、ナオとヒデキ。

N「ポロの試合は、『チャッカ』と呼ばれる7分の期間で区切られている。
プロリーグでは、1試合6チャッカ。高校の部活では、1試合4チャッカからなる。
各チャッカの間には、4分のインターバルがある。ただしハーフタイムは10分である」

フィールドに降りる観客。係員からトンボ(グラウンドを整地する竿状の道具)を受け取る。


○同・フィールド

真剣に整地しているナオ。

ヒデキ「あのさ、松平」

ナオ「なんだ」

周囲の観客は、ビール片手に談笑したりしている。

ヒデキ「これって、ファンサービスみたいなもんだろ?」

着ぐるみキャラクターの『ブータン』が、子供と遊んでいる。

ブータンは、出刃包丁を持った仏教徒の豚という設定。

ナオ「いいからやれよ」

仕方なく、ヒデキも整地を始める。

真田「三年生が抜けた穴を、コイツの身長で埋めようってのか?」

別の高校の制服を着た、真田ベン(17)が登場。
ベンは三人の手下(ポロ部レギュラー)を連れている。

ナオ「(苦笑して)あいかわらずだな」

居心地の悪いヒデキに、

ナオ「高崎西高のキャプテン、真田ベン」

ヒデキ「高崎西って、たしか……」

ナオ「再来週は練習試合だ」

真田「こんなプラチナ試合(カード)でも、第3チャッカに来るのかよ。余裕だな、金持ちはよ」

ナオ「そういうおまえはどうなんだ」

真田「招待されたよ。ファランクス(ここ)のスカウトに」

ナオ「そうか……おめでとう」

真田「『ありがとう』は、おまえに言えばいいのか?」

ナオ「!?」

真田「(手下に)戻るぞ」

ナオ「待て!」

真田「命令するのか?」

ナオ「……頼んでる」

真田、足を止める。

ナオ「教えてくれ。おまえに圧力を掛けたヤツがいるんだろ?」

真田「シラも切るよな、友達(ダチ)の手前」

ナオ「僕がやったと?」

真田「そうじゃないなら、もっと可哀想なヤツだよ」


○【回想】真田家の台所

真田N「八百長するのも、テメエの自由になんねーんだからな」

公営団地のダイニングキッチン。
テーブルの一方には、背広の男とブレザーの男。菓子折を前に、頭を下げる。
向かいの席には、真田とその父。
真田、『念書』と題する紙を見て困惑。
父は酒瓶を離さない。アル中の模様。

真田N「たかが練習試合で、どうしてここまでやる?」


○同・フィールド

ナオ、衝撃を受けた様子。

ヒデキ「……なに伏線張ってんだよ」

真田「伏線?」

ヒデキ「向木津(うち)に負けても、言い訳できるじゃねーか」

真田「……んだとぉ」

真田と手下、トンボを握りしめる。

ヒデキ「おい松平! コイツら、上に行けるようなタマじゃねーぞ。
神聖なフィールドの上で、しかもスカウトに声掛けられてる立場でコレだぜ!」

真田「てめえは……」

ヒデキ「太刀掛ヒデキだっ!」

ヒデキ、トンボを持った真田の手下に包囲される。

手下「真田さんは、この試合には来てないってコトで」

ヒデキ「(ナオに)心配ねーぞ。オレなんか、まだ入部届も出してない」

手下、トンボを振り上げヒデキに迫る。
そのトンボを弾き飛ばすヒデキ。

ナオ「やめろ!」


○同・客席

席に着いた観客たち。

N「第4チャッカ」

ハーフタイム前後で、両チームの陣地は交換されている。

各エンドラインには、4基ずつの豚の檻。檻の中には選手が一騎ずつ。
バイクに乗った主審が、ハーフラインの隅に登場。

N「各チャッカは、センターに置かれたボールを取り合う『スプリント』で始まる」

主審「Go!」

主審が旗を振り下ろすと同時に、豚の檻が開く。
センターに向かって突進する選手たち。

    ×     ×     ×

ヒデキとナオの席。

ヒデキ「オメーもなんで言わせとくんだよ!」

ナオ「うん……」

心ここに無く、眼差しも虚しいナオ。

ヒデキは不吉なものを感じる。


○向木津高校ポロ場・ガレージ (昼)

ガレージの中に並ぶ、十台のバイク。一台だけ車高が低い。
プロテクターを着けたポロ部員が、バイクを押して去ってゆく。
自転車に乗ったヒデキが通りかかる。一台だけ残った車高の低いバイクを眺める。


○同・フィールド

自転車組の練習風景。
地面に置いたパイロンの間を、スラロームしつつボールを打つ。
順番待ちのヒデキ。
前に並ぶ部員が噂話をしている。

部員A「三日目か……」

部員B「なにが」

部員A「(バイク組を見て)もし、松平が抜けたら……」

部員B「ああ、オレたちにも」

部員A「デケーよな。乗れるだけで」

声「じゃあ、乗ってみるか?」

部員たちの背後に、一台のバイク。レギュラーの浅野。
部員A・B、恐縮する。

ヒデキ「浅野さん」

浅野「いいよ浅野で。同学年(タメ)だし」


○同・ガレージの前 (夕)

浅野「頼んだぜ、タメ」

ヒデキM「くっそー!」

ヒデキ、浅野のバイクのパンク修理をやらされている。

浅野「マジな話……土曜日(あした)の練習で、レギュラー入れ替えってこともある」

ヒデキ「まだ三日目じゃねーか」

浅野「練習試合、来週だろ?」

ヒデキ「……」

浅野「正直、困ってんだ。いまからメンバー入れ替えても、チームワークがな……」

ヒデキ「だったら自分で行けよ」

浅野「奴隷の言うことなんか聞かねーよ」

ヒデキ「おまえが? バイク組同士だろ?」

浅野「オレが一緒だったら、ヤツは気持ちを見せたりしない」

回想イメージ『ポロ・スタジアム。高崎西高のキャプテン・真田に八百長の情報提供を頼むナオ』

ヒデキ「オレだって奴隷だ」

浅野「なんで」

ヒデキ「オレが先によけた」

夕焼け。


○向木津高校ポロ場・駐車場 (早朝)

ジャージ姿で集まってくる部員たち。私物バイクや、親の車から降りてくる。

部員C「(あくびして)ねみー……」

小早川と女子マネージャー数人、バンから炊き出しの道具を下ろしている。

浅野「小早川先生」

小早川「おはよー」

浅野「なんで来てるんスか?」

小早川「失礼ねー。『服部先生が遅れるから』って頼まれたんじゃない。
土曜日なんだし、教員が立ち会わないとグラウンド使えないでしょ」

浅野「ああ、すいません」


○ナオの家・廊下 (朝)

あろあ「おにいちゃんの友達?」

豪邸の廊下。
元気な少女、あろあ(10)が登場。ヒデキを出迎える。
ヒデキの後ろには、ナオのばあや(75)が付き添っている。

あろあ「おにーちゃーん!」

あろあ、階段を駆け上ってゆく。


○同・外観

玄関先。
車回しの屋根の下に、ヒデキの私物バイクが停めてある。

ばあやの声「こちらです」


○同・ナオの部屋の前

ヒデキ・ばあや・あろあ、扉の閉まった部屋の前。

ばあや「ナオ様のなさることは、すべて良いこと。でも、これはいけません」

手つかずの朝食を乗せたワゴンがある。

ヒデキ「食わないんですか?」

    ×     ×     ×

ヒデキ、閉じた扉に語りかける。

ヒデキ「なあ……外、いい天気だぞ。ツーリングっていうには短いけど、学校までさ…。
来週は試合だし……。みんな待ってるし…」

反応無し。

ヒデキ、思い切り深呼吸。

ヒデキ「王子様」

バン! と扉が開き、ナオが出てくる。激怒するナオ。

ナオ「誰が話した!」

ヒデキ「えー、匿名の情報源が」

ナオ「浅野だな!」

ヒデキ「違う」

ナオ「絶対に許さ……!」

ナオ、ばったり倒れる。

ヒデキ「おい……!」


○【回想】向木津高校ポロ場・ガレージの前 (夕)

浅野「まず、怒らせないと。ヤツはプライド高いから、おだててもダメだ」

話し合う、ヒデキと浅野。

浅野「自称『鹿山小学校の王子様』」

ヒデキ「たしかに、恥ずかしーな」

浅野「だけど、自分から名乗ってるのは別として、『王子様』でもおかしくなかった。
頭はいいしケンカは強いし、委員長と番長を兼ねてるって感じで」

ヒデキ「でもさ、それくらいの思い込みだったら誰でもなくねー? オレなんか、将来は武士(サムライ)になる気でいたからなー」

浅野「あいつ的には、封印したい過去ってことで」

ヒデキ「ふーん……」


○ナオの家・ナオの部屋の中

食欲旺盛なナオと、お茶を飲むヒデキ。

ナオ「ナオでいいから」

ヒデキ「へ?」

ナオ「マツダイラって長いし、なんか落ち着かないし」

ヒデキ「じゃあ、オレはヒデキな」

ナオ「……ヒデキ」

ヒデキ「おう」

ナオ「パン取ってきてくれ」

ヒデキ、がっくり。


○同・厨房

ばあやにパンをもらうヒデキ。

ばあや「ブリオッシュでございますか?」

ヒデキ「なんでもいいです」

声「太刀掛さん」

ヒデキ「?」

そこには、ナオの父母らしき男女と、あろあが来ている。

父「なんとお礼を言っていいやら……。
時がすべてを解決するのではなく、
解決によってのみ、時の流れが観測される」

ヒデキ「はあ」

母「あなた、太刀掛さんが困ってらっしゃるから……」

父「こりゃ申し訳ない。ともかく、せっかくのご縁だ。ナオをよろしくお願いしますよ」

ヒデキ「どーも、こちらこそ」

あろあ「(不満げに)あたしも!」

ヒデキ「もちろん」


○同・ナオの部屋の中

ふたたび、ナオとヒデキ。

ナオ「あの日、真田が言ってたことだけど…」

ヒデキ「八百長?」

逆上して立ち上がるナオ。テーブルが倒れ、朝食は床に。

ナオ「これだけは信じてくれ」

ヒデキ「疑ってない」

ナオ「?」

ヒデキ「オレとおまえの決闘(デュエル)に、嘘は無かっただろ」

ナオ「それと真田と、なんの関係がある」

ヒデキ「戦ってみれば、手抜きかどうかわかる」

ナオ「今度は遊びじゃない。ちゃんとした証拠が必要だ」

ヒデキ「めんどくさいヤツだな」

ナオ「だいたい僕から見れば、おまえだって怪しい転校生なんだぞ。
正直言って、この話を続けていいか判断する材料が無い」

ヒデキ「おまえはどう思うんだ」

ナオ「それは…………保留。(表情をゆるめて)」


○郊外の県道

バイクのヒデキ、信号待ち。

ヒデキは右手で鞄を持っている。
(私物バイクもポロ仕様にした)

ヒデキN「保留ね……」


○向木津高校ポロ場・フィールド (昼)

N「ポロの基本4ショット」

自転車組の練習風景。

壁際で自転車にまたがり、打ちっ放しの練習。

N「体の右側(オフサイド)・フォアハンド」

右手のマレットを、体の右側で前方に振るヒデキ。

N「体の右側(オフサイド)・バックハンド」

同じく、後方に振る。

N「壁際で練習するのは、マレットの軌跡が平面を保つようにするためである」

浅野が現れ、ヒデキに声を掛ける。

浅野「自己流だけど、なんか慣れてるよな」

ヒデキ「気のせいだろ」

N「体の左側(ニアサイド)・フォアハンド」

右手のマレットを体の左側に出し、前方に振る。

浅野「ルールとか、妙に知ってるし」

ヒデキ「テレビテレビ」

N「体の左側(ニアサイド)・バックハンド」

同じく、後方に振る。

浅野「吐けよ。やってたんだろ?」

ヒデキ「島の学校じゃ、予算が出ねーよ」

浅野「ド素人が、デュエルで道場破りなんか来ないだろ」

ヒデキ「……」


○【回想】八丈島

海岸沿いにある空き地。
小学生のヒデキ。友達と、いいかげんな道具で自転車ポロに興じている。

ヒデキN「まあ……時間はあったし、自転車ポロはヤリ込んだけど」


○向木津高校ポロ場・フィールド

ふたたび、浅野とヒデキ。

浅野「松平も、ある意味ヤリ込み系だからな」

ヒデキ「なにが」

浅野「話、通じたんだろ?」

ヒデキ「ああ……。夕方のミーティングには出るってよ」

エンジン音。

フェンスの外に服部。ビンテージ物のバイクに乗っている。

ヒデキ「服部先生」


○同・駐車場

服部のバイクが停まっている。それを見ながら話す、ヒデキと服部。

服部「燃料気化器(キャブレター)の分解掃除をするハメになったよ。タンクの中に、赤サビが放り込まれていてね」

ヒデキ「……なんすか、話って」

服部、一枚の写真をヒデキに見せる。

服部「この子に見覚えが?」

正月に撮ったらしい、かしこまった家族写真。その中央には、あろあの姿。

ヒデキ「ナオの妹です」

服部「違う。この子は『真田あろあ』。真田くんの妹だ」

見ると、一緒に写っているのは真田ベン。父母らしき男女も、ナオの家で見たものとは別人。

ヒデキ「こんなの、パソコンでいじれば……」

服部「いじられたのは、きみの頭だ」

ヒデキ「はあ?」

服部「なぜ、この写真がニセモノだと言える」

ヒデキ「あの子……ナオのこと『おにいちゃん』って呼んでました。ハッキリと」

服部「順を追って話そう。
まず……真田くんと松平くんは、自転車ポロのジュニアでツートップを張っていた。個人的にも仲良しで、彼女(あろあ)にとっては、二人とも『お兄ちゃん』のような存在だった」

ヒデキ「じゃあ……そーだ、親だ。ナオの親が、あの子を見て何とも思わないのは?」

服部、写真を取り出してヒデキに見せる。

服部「親というのはコイツラだな」

ヒデキ「ええ」

服部「コイツラは、ある組織の工作員だ。詳しくは言えんが、松平くんに習って『オマエラ』と呼んでおこう」

ヒデキ「だいたい……あんな小さい子、家に連れてきてどーすんだよ」

服部「人質だ」

ヒデキ「!?」

服部「スタジアムで、真田くんと小競り合いをやらかしたようだね」

ヒデキ「……」

服部「要求は、ごくシンプルだ。
まず真田くんは、試合に手心を加えるように言われている。しかし松平くんは、真剣勝負を求めている」

ヒデキ、去ろうとする。

服部「待ちなさい」

ヒデキ「つきあってらんねー」

服部「太刀掛くんには、交渉人になってもらう」

ヒデキ「センセイ、あんた相当……」

服部「時が来れば、自然とわかることだ。今後、きみの周りで妙なことが起きる。いまは気に留めておいてくれるだけでいい」

ヒデキ、服部に背中を向けて去る。

ヒデキ「すいませんね、役に立たなくて」


○同・ウォームアップエリア

フィールド脇のウォームアップエリアで、部員たちが行列を作っている。
行列の先には、仮設テントがある。

小早川「よくかんで食べるのよー!」

小早川と、数人の女子マネージャーが握り飯を配っている。

テントに来た浅野。

浅野「ポカリで」

女子マネ「ごめん、切らしてる」

浅野「マジでー」

小早川「ごはんは?」

浅野「ダイエット中ですから」

小早川「(ドキッとして)そ、その体で?」

浅野「一番槍(ヴァンガード)をやるなら、これでもまだ重いんです」

N「~一番槍(ヴァンガード)~
チャッカ開始時の『スプリント』で、真っ先にボールを取りに行く役目。デュエルも担当」

小早川「松平くんの代わりに……ってこと?」

浅野「念のためですよ」

沈んだ顔のヒデキが現れ、食事を受け取ろうとしている。

小早川「あっ……」


○同・ガレージ裏

廃油の缶などガラクタが置かれているが、夏の雑草がそれを隠している。
群生するタチアオイの花。
小早川とヒデキが現れる。

小早川「葵の生命力って、すごいよね……」

ヒデキ「そっすね」

小早川とヒデキ、地面に敷いたレジャーシートに座る。

小早川、風呂敷包みから弁当の重箱を取り出す。

小早川「これ、感謝の気持ち。あくまで担任としてだけど……」

ヒデキ「えっ?」

小早川「だから、松平くんのこと。もちろん担任としてね」

ヒデキ「でも、まだ結果出てませんよ。ヤツが学校来るかどうかで」

小早川「感謝の気持ちって、成功報酬じゃないでしょ?」


○同・自転車用フィールド

自転車組が、ゴール付近でシュート練習をしている。
防御ラインを抜き、シュートを決めるヒデキ。ご機嫌である。

ヒデキ「ッしゃあ!」

部員C「(深刻に)うっ」

ヒデキ「……じゃなかった。ありがとうございます!!」

部員D「(青い顔で)うっ」

ヒデキ「すみません! 調子に乗ってましたッ!」

部員たち「ううっ」


○同・ウォームアップエリア

サイレンとともに到着するドクターカー。医者と看護師が降りてくる。
そこには、下痢と嘔吐に苦しむポロ部員たち。トイレに行列したり、草むらや塀の向こうに隠れたり。

女子マネたち「ごめんなさーい!」

オロオロする女子マネージャーたち。

キャプテンが担架に乗せられる。

浅野「キャプテン!」

キャプテン「みんなの心の中にある、強いチカラ。それが真のキャプテン……」

ヒデキ「だあー! (泣く)」

キャプテン「後は頼んだ」

運ばれてゆくキャプテン。

駆けつける服部。

服部「小早川先生は!」

女子マネ「えっと……あれ? どこいったんだろ」

苦い顔の服部。


○同・ガレージ (夕)

ガレージ内に、生き残った部員が集まっている。バイク組はナオ・浅野だけ。自転車組は、ヒデキを含む十数人。
瞑想するように座っている服部。

移動式の黒板に、バイク組全10人と、自転車組上位4人の名前が書かれている。ナオと浅野以外は×印で抹消。

発言するナオと、彼に険悪な目を向ける自転車組。

ナオ「じゃあ、他に誰がいる!
ハンデ付きでいい。デュエルで僕と引き分けられるヤツが、誰かいるのか?
1on1で、こいつ(ヒデキ)を抜けるヤツが、誰かいるのか?」

部員A「あと一人はどーすんだよ」

ナオ「三年生(センパイ)に頭を下げれば……」

ヒデキ「ナオ」


○同・ガレージの外

ヒデキ、ナオを引っぱってくる。

ナオ「離せ」

ヒデキ「アタマおかしいぞ! そんなんで試合やって、あとはボロボロじゃねーか!」

ナオ「おまえにはわからない」

ヒデキ「テメーがコソコソやってるからだろ!」

ちょっと自信が揺らぐナオ。

ヒデキ「おまえんちにいた、小さな子……あれなんなんだよ」

ナオ「真田あろあ。真田の妹だ」

ヒデキ「すぐに返せ!」

ナオ「いやだ」

ヒデキ「……ナニがしてーんだよ」

ナオ「教えてやるんだ! 僕の人生を操作するヤツは、痛い目を見ることになる!」

ヒデキ「おいナオ、妄想って知ってるか?」

ナオ「妄想なんかじゃない!
こういうインチキは……今回が初めてじゃないんだ。何か大事な勝負があると、いつも番狂わせが起きる。そして勝っている。まるで、僕の人生そのものが八百長みたいに……」

ヒデキ「あの子、いまどこなんだよ」

ナオ「教えない」

ヒデキ「……」

ナオ「試合には出てもらうぞ。こっちの全戦力で当らないと、真田が手を抜いたかどうかわからないからな」

ヒデキ「試合が済んだら、ヤツの妹は返すんだろーな」

ナオ「それは約束する」


○同・ガレージ

ナオとヒデキは席を外したままだが、会議は続いている。

服部「あと一人だが……小千谷くんなら?」

部員B「それなら、なあ?」

部員たち「オジヤさんだったら……」

注目を浴びる、自転車組の小千谷(17)。ひねくれた様子で座っている。

小千谷「断る」

部員A「ちょっとは悩めよ」

小千谷「決めたんだ。おめーらと、同じ釜のメシは食わねえ」

イメージ『不潔なラーメン屋。レンゲでカレーを食べる小千谷』

小千谷「メシをもらえば支配される。それで全滅した。ざまーみろだ」

浅野「頼むぜオジヤ……」

ヒデキとナオ、ガレージに入ってくる。

部員E「オジヤさんが出なかったら、オレたちピット作業やりませんから」

小千谷「ぬう……」

浅野「ポジションはどこがいい? どこでもいいぞ」

小千谷「ゴールキーパー」

浅野「そんなポジションねーよ!」

黒板にフィールドの図を描き、作戦を立てる部員たち。

N「ポロのポジションは、前方から順にNo.1からNo.4と呼ばれている。
各番号には、次のような通称がある。
No.1 フォワード
No.2 アタック (通常は一番槍)
No.3 ピボット (通常はキャプテン)
No.4 バック」

小千谷「これは、昨シーズンの『スパルタン越中』が使った作戦だ。みんな知ってると思うが……」

部員たち、知らない。

小千谷「去年のスパルタンは、シーズン途中でレギュラー陣の大部分が欠けてしまった。かの『ホスト殴打事件』のせいで、集団謹慎処分に……おめーら不勉強だぞ!
とにかくこの作戦で、万年最下位のスパルタン越中は、ベスト16進出という快挙を成し遂げた」

部員たち、イヤな顔。

小千谷「最大の問題は、太刀掛をディフェンスに使えないことだ。もし使うと」

小千谷、ヒデキを表す矢印状のマグネットを自陣方向に向ける。

小千谷「バックハンドでボールを扱うことになるが、いまのおまえじゃムリだ。
そこでおまえには、攻撃だけに参加してもらう。定位置はこの辺(自陣中央)だ」

ヒデキ「いいのか? ピボット(キャプテン)ってことになるぞ」

小千谷「ピボットといっても、まあベルトコンベアーだな。太刀掛が防御できない代わりに、オレは防御オンリーでやる」

小千谷、自分を示すマグネットを自軍ゴールすぐ前に置く。

小千谷「オレが敵から獲った球を、太刀掛が前衛に中継する。これでおまえも、半人前くらいの働きはできるだろ」

浅野「ちょっと待てよ。防御はそれでいいけど、攻撃はどうする。
ポロの基本は全員攻撃・全員防御だろ。小千谷が防御オンリーだと、攻撃部隊は2.5人。負けるぞ」

小千谷「で、おまえに頼みたいことがある」

浅野「オレに?」


○幹線道路 (夜)

服部とヒデキ、路肩にバイクを停めて話し合っている。

ヒデキ「小千谷って、キャプテンだったんですか?」

服部「不文律があってな。『バイク通学禁止になった生徒は、部活でもバイクに乗せない』 それ以来、ヘソを曲げているんだ。最近じゃ、自転車ポロ部を作る気でいるらしい」

ヒデキ「あの……昼間はすいませんでした」

服部「気にするな。誰だって、自分の頭に無い情報には感情的になる」

ヒデキ「ナオのやつ……さっき話したんですけど、マトモじゃなかった」

服部「それが『オマエラ』の狙いだ」

ヒデキ「オマエラ?」

服部「ナオくんはそう呼んでいる。たとえば彼の家に、両親ヅラした連中がいただろう?あれがオマエラだ。小早川先生もオマエラだろうな」

ヒデキ「えっ!?」

服部「状況は悪い。この高校には侵入させないつもりだったが」

ヒデキ「ナオって……ナニモノ?」

服部「金持ちの御曹司だと思ってくれ。いま起きているのは、遺産相続をめぐる骨肉の争い。よくある話さ」

ヒデキ「じゃあ服部先生は?」

服部「『噂好きの庭師』といったところだな」

ヒデキ「わけわかんねーよ……」

服部「オマエラの作戦はこうだ。どう転んでもいいように、2つのプランがある」


○【イメージ】オマエラの作戦A

服部N「まずはプランA。高崎西の真田くんは、試合の手を抜くよう圧力を掛けられている」

真田家の台所。
テーブルを囲む背広の男・ブレザーの男・真田・真田の父。
その様子を、わずかに開いたドア越しに、隣室からのぞき見るあろあ。
背広の男、真田に名刺を渡す。
名刺には高崎ファランクスのロゴが入っている。

服部N「これを知ったナオくんは、真田くんの妹を人質に取った。真剣勝負を求めるために」

バイクのナオ、あろあを後部シートに乗せる。

服部N「取り乱した真田くんは実力を発揮できない。試合は向木津(うち)が勝つ」

シュートを決めるナオ。

服部N「そして、ナオくんは手抜きに対する罰を与える」

血を流して死んでいるあろあ。


○幹線道路

ヒデキ「しねーよ、そんなこと!」

服部「わかっている。だが、きみもニュースで見るだろう? 『異常な性格』という説明があれば、どんな犯罪でも動機が成り立つ」


○【イメージ】オマエラの作戦B

服部N「次にプランB。ポロの実力では、向木津より高崎西が上」

県大会・予選トーナメントの図。

服部N「異常に負けず嫌いのナオくんは、真田くんの妹を人質に取った。手段かまわず勝つために」

バイクのナオ、あろあを後部シートに乗せる。

服部N「しかし真田くんは脅迫に屈しなかった。おおかたの予想通り、向木津(うち)は大差で負ける」

シュートを決める真田。

服部N「そして、ナオくんは報復する」

血を流して死んでいるあろあ。


○幹線道路

ヒデキ「勝っても負けてもダメじゃないですか」

服部「勝ち負けだけで考えると行き詰まる。
しかし、ナオくんは勝敗を問題にしていないはず」

ヒデキ「だったら本気でやるだけです」

服部「それが正しい。まずはナオくんに心を開いてもらおう。交渉相手はオマエラではなく、ナオくんと考えるべきだ」

ヒデキ「……この話、ナオはどこまで?」

服部「わたしから言っても逆効果だろう」

ヒデキ「そうっすね……」

服部「彼の感情にアクセスできるのは、きみしかいない」

覚悟を決めるヒデキ。


○県立運動公園・園内道路 (昼)

N「向木津高校 対 高崎西高校
 練習試合当日」

ポロ・フィールドに接する園内路に、向木津高校のトラックが停まっている。
部員たち、バイクや機材の荷降ろし中。手伝うヒデキ。

ヒデキ「うおっ!」

いきなり現れる浅野。激ヤセしている。

ヒデキ「大丈夫なのか?」

浅野「ダイジョーブダイジョーブ。ダイジョーブどころか、負ける気がしない。世界がキラキラ輝いて見えるんだ」

部員B「ヤベーよ」

ナオ、ヒデキの横を無言で通る。

ヒデキ「……」

冷たく去ってゆくナオ。


○同・フィールド

両チーム、豚の檻で試合開始を待つ。
真田は焦りが見える。
ナオは沈思黙考。ヒデキはナオが気になる。

N「第1チャッカ」

豚の檻が、ガシャンと開く。
高崎西のNo.2、一番槍として突進。

(以下、No.で呼ぶのは高崎西です)

向木津は、ナオと浅野が並んで突進。

No.2「なっ」

小千谷、インカム経由で話す。

小千谷「『スプリントでは、1チーム2人以上の選手がセンタースクエアに入ることはできない』…競技規則はこれだけだからな」

No.2「どっちが来る……!」

ナオ、センタースクエア寸前でターン。
浅野とNo.2が激突。
ボールは浅野が打つ。真田の頭上を越え、高崎西陣地の奥深くに達する打球。

真田「戻れ!」

先行していたNo.1と2、自陣に戻る。

止まったボールを取りに行く、浅野・真田(No.3)・No.4。

かろうじてボールを取った浅野、横方向にパス。

ボールは、ナオの前にピタリと落ちる。
ドリブルし、ゴールに迫るナオ。
追撃をかわし、シュートを決めるナオ。


○同・向木津のピット

仮設テントの中にある、向木津のピット兼ベンチ。

部員E「スゲーよ、浅野さん」


○同・フィールド

浅野「まるで、天使の羽がこの背中に……。美しい! 美しいオレを崇拝していいんだからね!」

小千谷「気ィ付けろよ。こっちは弱者の戦闘教義(ドクトリン)。全員攻撃・全員守備をやる余裕が無いってだけなんだからな」

N「ポロの試合では、攻撃側・防御側の全員でボールを追う局面が多い。これは
・プレイヤーが少ない
・フィールドの大きさに比べて、パスの飛距離が短い
……という理由のためである。
もしフィールド全体に選手を配置しても、それぞれが孤立してしまう。
結果として、『ボールと共に走る』華やかなプレイが展開されることになる」

    ×     ×     ×

センターに置かれたボール。
両チームの選手全員が、センタースクエアの外側に背中合わせで並んでいる。

N「~ターン・アラウンド~
ゴール後のプレイ再開方法。センタースクエアには何人入ってもよい」

主審「PLAY!」

選手全員がボールに向かって振り向く。
ヒデキ、ボールに背中を向けたままウイリー。そのまま180度旋回を試みる。

ヒデキ「ウイリィィィィ!!」

ビクッとする高崎西。

そのスキに、ナオがボールを取る。

激しく転倒するヒデキ。

ヒデキ「オートクラッチがおかしーんだよ…」

小千谷「機械のせいにすんな!」

ギリギリと唇を噛む真田。


○同・高崎西のピット

N「インターバル(チャッカ1~2)」

No.1~4を前に、怒り狂う真田。
スコアボードは、向木津2-高崎西0。

真田「あのスタメンに勝てなかったら、高崎西(うち)は何だ! サルモネラ菌以下じゃねーか!」

No.4「真田……」

真田「なんだ!」

No.4「きのうまでは『八百長しろ』で、今日になったら『ガチで行け』かよ。オレたちオモチャじゃねーんだぞ」


○同・向木津のピット

ヒデキ、双眼鏡で高崎西ピットを見る。

ナオ「手を抜いてる」

ヒデキ「そうか?」

ナオ、外していたインカムをつかむ。

ナオ「誰と話す」

ヒデキ「誰だっていい」

ヒデキ、ナオを殴る。

ヒデキ「相手は『オマエラ』か?」

ナオ「くわしいな」

ヒデキ「(双眼鏡を渡し)見てみろよ! 家族が危ねーんだぞ! オレだったら、まともに戦えねーよ!」

ナオ「(真顔で)そうなのか?」

ヒデキ「(ハッとして)……ふた通りいるんだよ。身近なヤツが人質に取られて、パワーが出るやつもいる。だけど、たぶん真田はそうじゃない」

またもや、考えに沈むナオ。

二人の様子を見守る服部。


○同・フィールド

N「第2チャッカ」

真田「くそおおおおお!!」

ボールを保持し、向木津ゴールに接近する真田。焦りと怒りで歪んだ顔。

ナオ「(小千谷に向かって)連行しろ!(Take the Man)」

小千谷が真田に並走圧迫をかける。ボールを奪った小千谷、バックハンドでヒデキにパス。

小千谷「コンベア!」

ボールは、ヒデキ→ナオ→浅野と中継される。シュートを打つ浅野。わずかに外れる。

浅野「美学を際立たせるには、影もまた必要なのだ……」

ゴールジャッジが、プレイ再開のためボールを配置する。場所は、外れたシュートとエンドラインが交わった点。

両チームの選手が集まってくる。

ナオ、ヒデキに『3』の指サイン。

ヒデキ、インカムのチャンネルを3に合わせる。

ナオ「ハーフタイムにあろあを返す」

ヒデキ、うなずく。

エンドラインの外から、高崎西No.2がボールを打つ。プレイ再開。

真田のインカムにガガッと雑音。

真田「後にしてくれ」


○県立運動公園の外

ナオの両親に化けていた『オマエラ』、二人でサイドカーに乗っている。
マイクに向かって話すニセ父。

ニセ父「松平くんは、あろあちゃんを傷つける気だ」

真田の声「ウソだろお!」

ニセ父「彼は、きみが本気を出していないと思っている」

真田の声「これで100パーなんだよ!」

ニセ父「なら手を打とう。こちらにも隠し球がある。ここで使ってしまうのは惜しいがね」


○同・客席

N「ハーフタイム」

スコアボードは向木津3-高崎西0。
客席をウロウロしているヒデキ。

ばあや「ヒデキ様」

ヒデキ「わっ!」

ばあや、女子高生のコスプレ+フェイスペイント。

ヒデキ「ばあやさん……」

ばあや「あちらに」

ばあや、向木津の応援団席を指差す。

    ×     ×     ×

応援団席に入り込むヒデキ。

団員「おい、ちょっと!」

台座に乗った和太鼓が、応援団中心からかなりズレた場所に置かれている。

ヒデキ「これ、使ってねーのか?」

団員「それは予備で……あっ!」

ヒデキ、太鼓をバチで叩く。
叩いた面の反対側から、張皮を破ってあろあが飛び出す。

あろあ「見つかっちゃったぁ」


○同・向木津のピット

服部に謝るナオ。

ナオ「申しわけありませんでした。ご迷惑かけて……」

服部「んー、なんのことかね?」

ナオ「聞きましたよ。退役前は、『服部機関』のボスとして恐れられていたとか」

服部「参ったね……」

ナオのインカム、『ピッ』と音を出す。

ナオ「……!?」


○県立運動公園の外

無線の主は、サイドカーのニセ母。

ニセ母「いま、だいじょうぶかしら?」


○同・フィールド

観客たち、トンボを持って整地ゴッコ。

ヒデキと手をつなぐあろあ。
二人に頭を下げる、真田の父。

真田父「父さんは人生を変える。金輪際、酒は飲まない。禁酒の会にも入った。だからな、あろあ」

あろあ「……へーきだよ。もう、家出なんてしないから」

真田父、あろあをおんぶする。
満足して去るヒデキ。

観客A「いやあ、高校生の試合で不謹慎ですなあ」

振り向く真田父。

周囲の観客は、ビール片手に談笑。

観客B「ハーフタイムにはビール。定番定番」

あろあ「ダメだよ、お父さん」


○同・園内道路

ポロ部のトラック前。
ナオとヒデキの二人だけ。

ヒデキ「もう時間ねーぞ」

ナオ「ヒデキ……おまえ、どうして食中毒にならなかった?」

ヒデキ「えっ」

イメージ『小早川に卵焼きを食べさせてらうヒデキ』

ナオ「なぜ、みんなおまえをバックアップする? 不自然じゃないか」

ヒデキ「淋しいコト言ってんなー」

ナオ「ポロのセンスは悪くない。今回のこと抜きでも、ベンチ入りするくらいの実力がある。それは認める。
でも、どうしてだ? 途中入部して、まだ二週間目だぞ」

ヒデキ「スポーツは得意なんだよ。自転車ポロもヤリ込んだ。それでいいだろ!」

ナオ「モーターポロ部が無い島で、よくモチベーションが保てたな」

ヒデキ「夢だったんだ!」

ナオ「誰の」

ヒデキ「……!」

ヒデキの記憶がよみがえる。


○ヒデキの記憶

小学生のヒデキ、友達と自転車ポロで遊ぶ。

勉強部屋。モーターポロのポスターや、実物のマレットが飾ってある。

父、ヒデキにポロのゲーム盤を贈る。ヒデキはうれしいが、父は無表情。

バイクに乗ったヒデキ、さびれた漁港に来る。一人でポロの壁打ち練習。

1歳児のヒデキ。研究所の椅子に固定され、ポロのビデオを見せられている。

……などなど。


○同・園内道路

ナオ「そして、僕との交渉は成功した」

ヒデキ「……違う!」

ナオ「ありがとう。ちょっとだけ、うれしかったんだ」

ナオ、立ち去る。

ヒデキ「こんなの……ひでーよ」

服部が登場。

服部「すまん。事実を知ったら耐えられないと思った」

ヒデキ「教えてください。そしたら、黙って消えます」

服部「数百人の『ご学友』候補がいた」

ヒデキ「いた……?」

服部「きみを残して、他はもういない。完璧を求めた結果だ」


○同・駐車場

ヒデキ、私物バイクのエンジンを始動。

ポロ場から聞こえてくる歓声。

トロトロと公道に出るヒデキ。
そこには、常識外れの超巨大バイクがエンジンを震わせている。


○公道

超巨大バイクから、ゴルチエ的革スーツの巨大な男が降りてくる。

威厳に圧倒され、言葉が出ないヒデキ。

男「息子が迷惑を掛けたようだな」

ヒデキ「え……」

男「なぜ去ろうとする」

ヒデキ「人質は助けた。やることだけは、やったはずです」

男「きみは、与えられた世界の裂け目を見たのだ。そこから出る不安を敗北と考える必要はない」

ヒデキ「あなたは……」

男「きみと同じく、そこから出たいと考えている男だ」


○県立運動公園・遊歩道

真田父、酔って地面に倒れている。

あろあ、ベソをかいて立ち去る。

小早川「あら、迷子?」

あろあの前に、セクシーな戦闘服を着た小早川が登場。兵士を従えている。

あろあ、悪い予感がしてあとずさり。

小早川「かわいくないわよ。大人を疑う子供って」

ヒデキ「やめろおおおっ!」

私物バイクで現れるヒデキ。

ヒデキ、あろあを右手でつかみバイクに乗せる。(バイクはポロ仕様)

クスッと笑う小早川。

ヒデキ「!」

小早川の部下、ヒデキに銃を向ける。

小早川「あなたが抜けて、向木津は負ける。そして人質が死ねば、松平くんが殺したことになるわね」

もったいぶった動作で、投げナイフを取り出す小早川。

小早川「鉄砲傷と刀傷」

ヒデキ「なにを……」

小早川「松平くんが殺したのに、銃創があったら不自然なの」

小早川、ナイフを投げる。
あろあの髪留めゴムが切れる。

あろあ「いゃぁ……」

小早川「でも先生、ぶきっちょなの」

服部「そこまでだ!」

服部が登場。警官隊を引き連れている。

小早川「服部機関は健在というわけね。
……この際、傷はどうでもいいわ」

小早川の部下、あろあを撃とうとする。

ヒデキ「小早川先生!」

服部「!」

一瞬の銃撃戦。

小早川「とうっ!」

連続バク転で、銃弾をかわす小早川。用意してあったビッグスクーターにヒラリとまたがる。

小早川、ヒデキにウインク。

小早川「浮気はソッコー赤点だぞっ」

ヒデキ「ハア?」

小早川「うふふふ」

小早川、ビッグスクーターで走り去る。

警官たち、ヒデキを疑いの目で見る。

あろあ「ありがとう、おにいちゃん」

ヒデキ「お兄ちゃんだらけになっちゃうよ……」


○同・向木津のピット

N「インターバル(チャッカ3~4)」

憔悴しきった部員たち。

ベンチに座るナオ、普段着のばあやから報告を受けている。

ナオ「ひと騒動あったみたいだね」

ばあや「ええ。でもヒデキ様がすべて丸く」

ナオ「そう動くよう仕込まれている」

ばあや「よろしいのですか?」

ナオ「人生を操作されるのは、僕だけで充分だ」

ばあや「……まだ手はございますでしょう?」

ナオ「確かにある。終わりにしたい」

ばあや「その通りでございます」

ナオ「……?」

ばあや「終わらせて、始めるのです」

微笑むばあや。悪意の混じった尋常ならざる雰囲気。

ばあや「ヒデキ様は、ナオ様のお立場を守るために育てられました。
つまり、ヒデキ様が仕えているのは、ナオ様のお立場。
ナオ様ご自身に仕えているのではございません」

ナオ「だから奴隷なんだ。僕の奴隷ですらない」

ばあや「では、ナオ様がいまのお立場を手放せば?
ヒデキ様が去ることもなく、お二人は対等のお立場でございましょう?」

イメージ『ナオとヒデキの楽しげな学園生活』

ナオ「…………」

ばあや「一度はお考えになったことがあるはず」

ナオ「……どうすればいい、その話、進めたくなったら」

ばあや「わたくしにお任せいただければ」

声「今度はおまえがよけるのか?」

ヒデキがピットに現れる。

ヒデキ「おまえが財産だか何だかを手放して、コイツラがマトモに使うわけねーだろ」

ナオ「あ……」

口をパクパクさせて、ヒデキの帰還に驚くナオ。

ヒデキ「だけど、オレのために何もかも捨てるってコトなら、
悪い気はしねーけどな」

ナオはプライドを傷つけられた様子。
怒ってヒデキのみぞおちを突く。

ヒデキ「ぐぼっ!」


○同・フィールド

N「第4チャッカ」

向木津のスタメン、豚の檻に入ってチャッカ開始を待つ。

スコアボードは、向木津3-高崎西3。

ヒデキ「同点か……」

小千谷「ムダ骨っつーんだよ!」

ナオ、表情をゆるめる。

    ×     ×     ×

バイクに乗った主審が、ハーフラインの隅に登場。

主審「Go!」

旗を振り下ろす主審。豚の檻が開く。
センターに向かって突進する、選手たちの背中。


(終)



(2014年7月10日)



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